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コサックの真実

各国によってこんなに異なってくるのかとびっくりしました。

現在、別々の国家となっているウクライナとロシアはキエフ・ルーシ崩壊以降その歴史が大きく異なってはいるものの、現在の範図に相当するようないわゆる「国民国家」の概念は近代までなきに等しかったのであり、「ウクライナ」、「ロシア」といった区分は後付されたものであると言える。その実態は、各町村ごとにそれぞれの小集団が形成されており、それが場合により連合したり交戦したりしていたというもので、ウクライナだからそこで纏る、ロシアだからそこで纏る、などということは基本的にあり得なかった。

従って、「ウクライナ」、「ロシア」という二分法は厳密にはナンセンスである。分類しうるとすればそれは両地域がそれぞれ違った体制・性格の国家による支配を受けていたことによってであり、これに基づけば両地域に生活していたコサックは以下のように区分できる。

リトアニア大公国及びポーランド王国によって支配されたウクライナという地域(主として現在のウクライナの辺り)に住んでいたコサック
ロシア帝国によって支配された地域(現在のロシアだけではない)に生活したコサック
両者の最大の違いは前者が「貴族議会の権力の強い国家に支配を受け、その強い影響下に生活を営んでいた」こと、後者が「強力な一人物、即ち皇帝への全国家の隷属という強い中央集権体制下の帝国で編成された集団である」ということである。このことから、便箋的に「ウクライナのコサック」、「ロシアのコサック」と呼ばれるものの間には、当初は大きな違いもあったであろうことが言える。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年12月13日 19:34に投稿されたエントリーのページです。

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